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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1660号 判決

東京都世田谷区玉川台二丁目三三番一号

上告人

住友スリーエム株式会社

右代表者代表取締役

田村亮司

右訴訟代理人弁護士

小池恒明

東京都豊島区西池袋一丁目三番五号

被上告人

株式会社リスダン

右代表者代表取締役

山中稔

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

近藤惠嗣

嶋末和秀

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(ネ)第四三六三号不正競争行為差止請求事件について、同裁判所が平成六年三月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小池恒明の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成六年(オ)第一六六〇号 上告人 住友スリーエム株式会社)

上告代理人小池恒明の上告理由

一. 原判決は商品形態の保護とその限界(理由、三、)の項においてその認定のための判断の理論的前提を述べているが、不正競争防止法の適用上、次の重大な問題点を含んでいるものである。

(一) 原判決は上告人マットを構成する「軟質合成樹脂の線条」の直径の大小、形状、「コイル形状」の大小、密粗、具体的態様、「マット」の厚さ等の限定が無いが故に、本件商品形態に含まれるマットの範囲は極めて広範なものとなるものと認めている。

しかし、上告人マットはその物件目録で特定しているとおりそこに添付の図面(写真)のとおりで、「使用目的」は泥砂防止であり、「色彩」は茶、青、赤、黄、緑、グレー等で、「使用場所」はビル、店舗、学校等通行量の多い場所の出入口、エレベーター内、工場作業場等の床であり、そこに敷もて泥砂が室に入るのを防止するための商品であるから、こと更に広範囲の商品となるということはない。

また、原判決の指摘する「線条」の直径の大小は二種類(人通の多い場所は太く、少ない場所は細い。)のみであり、「形状」は円筒形に限られている。「コイル形状」もコイル(輪)の概念ですべて包含でき、「マット」の厚さも「線条」の太さに見合った種類しかない。してみると、如何なる商品を基準としそれと較べて本件マットの範囲が「極めて広範なもの」となるのか、原判決の説示では知ることができない。

判決例においても原審の理論を採用したと思われるものは見当たらない。かえって、同様な問題について第一審判決と同様の理論を採用している。例えば「ベルト」の長さ、巾、厚さについての限定がなく、ベルト上を移動可能に設けた「反射板」の位置、大きさ、移動範囲の限定もなく、取り外し自在な「取付け金具」との相互関係についても何の限定のないアースベルトの商品形態を以って当然それが商品表示となり得ることを前提として(昭和六三年七月一九日、昭和六一年(オ)第三〇号、第三小法廷判決)考察しており、極めて正当である。

右とやや異なった観点からみてみると、原審判決は物件目録を特許発明における「特許請求の範囲」とほぼ同様に理解し、本件が不正競争防止法の適用における周知商品の形態の特定であることを十分に考慮していなかったのではないかと思われる。言い換えれば、周知の商品としてのコイル形状を持つ上告人マットと、後に販売されるに至った被上告人のコイル形状を持ったマットとの商品形態の類否は現実に存在する商品形態が対象である。この商品形態を物件目録として特定したとき、その表現が当該商品形態以外の部分的一部の形態を含む可能性があるからといって、それが商品の全形態の変更をもたらすとは到底考えられない場合にまで不正競争防止法の適用を否定することは極めて不当である。仮に、原審判決が指摘する「線条」の大小やその形条(状の誤記と思われる。上告人註)、「複数本」の本数、「コイル形状」の大小、密粗・・・といった点において上告人製品と識別可能な玄関マットであれば、類似性を否定するのが正しい法律の適用であり、その場合「極めて広範囲なもの」となることは決してあり得ない。

(二) 上告人マットの商品形態は当該マット自体に基づいて決定きれなければならない。このマットの紹介、宣伝のための広告は構造の特徴的部分を強調してなしているものが多々あり、その特徴的断面図は商品そのものではない(まさに、商品の宣伝である。)。そうすると、これら広告の存在を理由に「仮にこのような断面を示すコイル形状を持つマットが現存した場合、これが商品形態を具備するとすると、本件商品形態に含まれるマットの範囲は極めて広範囲なものとなる。」と言うのは条件付認定となり、存在しないものを存在を条件に広範囲性の認定のための根拠とするものであるからそれは採証の法則に明らかに反する認定である。

(三) 商品形態の画一性について、原審判決は「画一性がない」、「商品形態が偶然によって定まる」とし、この点は「争いがない」と認定しているが、その実際の意味内容は「精密機械のように一寸違わず形状精度を保たなければならないものではなく・・・・・」(原審平成五年六月七日上告人準備書面(第四回)一四頁)を受けたものである(被上告人は平成五年四月五日準備書面(四)一一頁で「ある程度の傾向を持たせることはともかく、さらに完全に特定の形状となるよう個々のフィラメントループを意図的に形成することはできない」とするものである。)。してみると、原審判決のこの認定自体不正確であるのみならず、上告人製品が『ノーマッド」コイル形状マットとして周知されていた商品形態を原審判決は果して如何なるものと認識していたのであろうか。

不正競争防止法一条一項一号を適用する場合の商品の形状は適切な基準によってなさなければならない。即ち、商品はその取引者、需要者の商品感覚によって評価されるところ、上告人マットについてみると、それは以前の泥砂防止用マットがいずれも、裏地の付いた布製マット、すのこ型の金属製マット、塩ビ製のフラットタイプのマット及び芝状成形のマットに限られており、上告人マットのような軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体のものはなかったのであるから、このコイル状マットとしての商品形態の具備を以って十分商品としての同一性は取引者、需要者間で認識することが出来るから、同法の適用上の商品形態もこの程度の共通性があれば十分である(同様の思考をしているのが先に引用の昭和六三年七月一九日、第三小法廷判決)。

下級審判決においても「独特の統一的な形態上の印象」(大阪高裁平五.一一.三〇)、「素朴な統一的把握」(東京高裁昭五八.一一.一五)をもって保護の中心的要素として把握しており、原審判決はそれらと相反する法律の適用をなすもので、そのための論理的根拠を見出すことは困難である。

(四) 商品形態機態論との関係で、下級審判決中には商品の形態がその技術的機能に由来する必然的結果であるときは例外として不正競争防止法の適用を否定しているものがある(東京地裁昭和五二年一二月二三日無体集九巻二号七六九頁)。その主たる理由は、一方において特許権等に存続期間を設けたことの意義が没却されることを考慮しているからである。しかし、不正競争防止法の要件事実の存在が認められながら、別の法律の存在によってその適用が左右されることが妥当でないことは言うまでもない。この見地から同法の適用を肯定する高裁判決(東京高裁昭和五八年一一月一五日判時一一一二号一二二頁)の方が法の正しい適用であると言うことができる。

更に商品形態論は基本的には同種商品が存在する状況下の理論であるから、上告人製品が全くの新しい商品として市場に紹介された本件マットにおいては適用の余地の無い理論である。しかも、現実の問題として本件玄関マットは靴に付着した泥砂の屋内侵入を防止するための機能を有するものであるから既存の「すのこ状」、「芝状」等の形態からなるマットによってもその目的を達することが出来るので、本件マットを以ってその機能に由来する必然的形態ということは不当である。このような認定を原審判決がしているところに上告人マットの商品形態が暗黙裏に周知であることを認定していたことを伺い知ることができる。

また、「本件プロセス」を採用しても、「ダイヤマットC」(検乙二九、乙一一三、周一一四)、「両面玄関マット」(乙一一五)等は商品形態においてなお上告人マットと明確に識別が可能であることは、被上告人代表者が「住友スリーエム製品とはやや異なっていますが」(乙九五、四頁)と明確に述べているところからも知ることができ、これに反する認定はできないはずである。

また被上告人の製品形態のコントロールの可能なことは顧客からの注文に応じて作るとする被上告人代表者の陳述(第一審平三、五、九日和解期日)に加え乙七五の三、同八三の二によっても証明されているところである。

勿論、上告人のこの後者の見地に立っても必ずしも保護の永久性を認めるものではない。何故なら、その後当該商品の製造、販売が中断されれば以後その保護は認められないことになることは言うまでもないところである。又、更に優れた新商品が出現することは現時の商品経済上の通常の現象であり、本件マットが商品としての価値を失う余地があることは残念乍ら否定することはできない。

(五) 不正競争防止法における商品形態の要件事実を敢えて否定せず、法律を適用した結果、権利が広範囲になり過ぎるとの政策的配慮に基づき上告人の本件請求を否定した原判決がその理由とするところは、本来的商品表示として同法が具体的に定めるところと異なり、同法が目的とする出所の混同を排除することを超えて、商品そのものの独占的、排他的の支配を招来し、自由競争のもたらす公衆の利益を阻害するおそれが大きいところにあるとしている。この認定の正確な意味を理解するのは非常にむつかしいが、少なくとも次の指摘をすることは可能である。

要件事実が肯定きれるに拘わらず同じ法条の下でその適用を否定することは法律の適用として、許されないはずである。この点を具体的にみてみると、第三者のコイルマットに関する営業行為すべてを禁圧することはできず、例えば右四項で具体的に指摘した「ダイヤマットC」(検乙二九、乙一一三、同一一四)、「両面玄関マット」(乙一一五)等は異った形態の商品としてそれぞれ製造することができると思われ、且つ商品形態においても上告人マットと明確に識別が可能であると被上告人も認めており(乙九五、四頁)、ここまで相違するこれら製品まで禁圧できるかは問題である。してみると公衆の利益阻害を大上段にかざして不正競争防止法の適用を否定するのは法律論上非常に無理があるのみならず、実際面における認識をも欠いた判断であると評しなければならない。

原判決の企図するところを法律的に構成すると、商品形態に由来する要件事実を前提とし、その適用が権利濫用になるか否かを検討すべきところ、後者の要件事実についての認定はなされていない。

右の点を具体的に検証す」るも、被上告人代表者は「本件で問題となっているコイル状構造のマットに類するものは・・・ダストコントロールマットの市場からみるとごく一部に過ぎないものです」(乙九三、一~二頁)と述べ、同四頁で「現在のコイル状マットが現在でもこのマーケットのなかではごく小さなシエアーですが・・・」と述べている。この事実を前提とすると本件商品に関する限り「公衆の利益を阻害する」おそれは全くあり得ない。

一方、証拠として提出された特許発明についてみる「とその用途は不織布(乙一七、一八、二〇)、シート状物(乙一九、二一)、たわし、クッション部材(乙二四、二六、二七)、フィルター(乙二三)等で、マットが記載されているのは乙二二、二五、二八の三件のみで、この中乙二二は上告人(3M)出願で、乙二五は上告人(3M)がエンカ社から実施権を得たものである。勿論、最後の二発明を玄関マット以外に用いる場合は本件不正競争防止法の適用と無関係であり、それが「公衆の利益を阻害する」おそれは全くない。また先に挙げた大阪高裁平五、一一、三〇日判決は「商品の形態そのものに、商品表示性を認めても、それによって、不正競争防止法一条一項一号の禁止権を及ぼし得る対象は、その商品表示性が認められた商品の形態の特徴と同一又は類似の形態を持つものに限られ、被告が危惧するように、その同種商品の製造一般にまで及んでしまうことにはならないものと考えられる。」としており、法律適用上正当な態度と言うことができる。

二. 前項理論の本件事案に対する適用において、原判決には更に次の問題点がある。

(一) 本件商品形態の周知性の確立時点、

上告人が被上告人製品を最初に見付けたのが昭和六二年四月頃であり、一方被上告人はこの頃からその製品(「リスダンコイルマット」、「コイルカラーマット」)を製造販売したものであることを認めた(第一審答弁書)。この確定した事実に基づき、上告人は上告人製品の商品形態が、少なくとも昭和六二年四月頃までには周知になっていたことを、必要な要件事実の一つとして主張した。

これに対し、原審判決は、昭和六〇年末ごろ、その時まだ設立されていなかった被上告人リスダン製品がリスロンによって販売された旨認定しているが、その製造者については何の認定も無い。おそらくそれは当時販売特約店契約が有効であった上告人製品であったと考える以外に方法がない。しかし、仮にこの頃被上告人製品が販売されていた旨を前記第一審答弁書における肯定の陳述に反して認定するのであれば、それに対して上告人は上告人製品の商品形態が昭和六〇年当時既に周知されていたと主張し、そのための認定も提出ずみの証拠で十分可能であったのであるから、この点の配慮なく突然なされた右認定は判定の結論に明らかに影響を及ぼすものである。

(二) 次に、上告人製品が市場において単独で販売されていた時期(昭和五〇年から六〇年或いは六二年)の販売態様は上告人自身で、或いは約一五〇社に及ぶ特約店を通じてなされていたが、その中で特約店独自の商標で販売していたのはごく限られた少数の特約店のみであり、他の殆どの特約店は上告人のカタログ、価格表を用いて販売していたのである。しかしこのコイルマット製品すべての由来が3Mであることは証拠として提出の建材資料がその旨明記していたとおり明らかであり、他社製品であると間違われることはなかった。加えて、販売特約店で生産設備を有する者は限られた二~三の者に過ぎなかったからこの時代のコイルマットはいずれも上告人製品であり、このことを否定する根拠は何もない。してみると、上告人製品を以って、仮に一部の販売特約店が自社商標を附して販亡売したことがあっても、そのことによって上告人製品が販売されその結果その商品形憩が周知となったことを否定する理由とならないことは当然であり、明らかなところである。原判決はこの当然の事理に反する結果を導き出したのであるから、本来あるべき必然的論理を否定したものであり、この結果は判決の結論を左右するものであることは言うまでもないところである。

この点を意識して原判決は商標や商品名が本来的に商品の出所表示機能を有するものであることの他に、「本件商品形態がマットの種類を示す特徴であることの事実に照らせば」と追加の理由を附加しなければならなかったのである。しかしここでマットの「種類」とは泥砂防止用マットとしての種類ではなく(この種類であれば、以前から裏地の付いた布製マット、すのこ形の金属マット、塩ビ製のフラットタイプのマット及び芝条成形のマット等があったのである。)、今までには存在しなかった本件の軟質コイルマットであるのであるからその特異な商品形態からそれが上告人製品の特徴である旨認識することはしか容易なことであり、一部に代理店商標使用の例があったとしてもそれによって上告人製品であることの由来が否定されることがあり得ないことはその事実を直視すれば明らかなところである。

このことを前提としてみると、原判決が上告人製品について「マットの種類を示す特徴としての本件商品形態の商品識別力に勝ると認められる」とする右「マットの種類」自体が既に上告人製品であるとする認識に他ならないのであるから、それを以って上告人製品でないと認めることは論理の矛盾である。

不正競争防止法が商品形態についてもそれを保護の対象とし、且つ上告人マットがそのための要件事実を具備し、一〇年余にわたる唯一の販売者としての実績を築き上げている本件事案においては軟質コイルマットは上告人の製品である旨の広範囲にわたる評価を得ており、このようなコイルマットが商品の種類に近い域にまで到達したからと言って不正競争防止法の要件事実が否定されるものでないことは言うまでもない。むしろより強化された意味での要件事実を満たしているものである。そうであれば、上告人製品の商品形態は保護されることはあっても決して否定してはならず、本件はまさに保護されなければならない事案なのである。

(三) 上告人のこの主張は平成六年五月一日施行の改正不正競争防止法の立前とも合致するものである。この改正法第二条三号の商品形態模倣行為は周知製の要件を外し、ただ乗りする行為を以って差止の対象としている。してみると、この規定は商品形態の保護を格段強化するものであり、それは明らかに原判決の採用した立法政策的考慮とは逆行するものであることが分かる。それ故、既に指摘したとおり、上告人製品の商品形態の保護を否定しようとするのであれば、そのためには権利濫用になるか否かを判断して決する以外に方法はないはずである。既に公布され、現に施行されている改正不正競争防止法と相反する方向の政策的考慮をすることは法律の適用を違えたことの証明である。

(四) 不正競争防止法における商品形態の類似性が問題となっている本件事案において、上告人及び被上告人のいずれの商品形態もほぼ同一である。それにも拘わらず、同法一条一項一号の適用を排除する理由として原判決は『リスロンが「リスダンコイルマット」の名称で販売を始め、昭和六一年四月以降、控訴人がこれを引き継ぎ、その後「リスダンコイルカラーマット」の名称で販売し、株式会社テラモトが、控訴人製品を「ケミタングル」の名称で販売し、アマノ株式会社が、「アマノ土砂とりコイルマット」の名称で販売していることは前示のとおりであり、この商標や商品名は被控訴人住友の商標である「ノーマッド」と類似するものでないから、これにより、被控訴人製品との出所の混同を避ける手段としては、十分であるというべきである。』としている。

ここで注意しなければならないことは、商品形態の類否が問題となっている本件不正競争防止法の適用に関し、商品形態以外の要素である商標の非類似を以って出所の混同を避ける手段として十分であるとの認定が論理的に許されるかである。本件で問題なのは不正競争防止法一条一項一号の要件事実としての商品形態の類似の有無であり、その存在は否定されていないのに拘わらず他の「出所の混同を避ける手段」の存在により同法の適用を否定するのは法律の適用を誤ったものである。このことはマットの裏及びエッジのないマットについては商標表示をすることが出来ないから原判決理論を適用することはできないことからも裏書きすることができる。また、裏あるいはエッジの付いたマットであっても商標の附されていないものもあるからこの場合も同様である。

更に仔細にこの点についてみると、〈1〉本件マットは以前の玄関マットと形態が全く異なる商品であり、上告人マットはそれ自体で独自の形態を有し、〈2〉販売経路も多くは問屋、商社、代理店等を通じて販売され、販売先について何の制約もなく、〈3〉マット自体は玄関、ビルの出入口等に置かれ、その機能と合わせて色彩、形状等「インテリア感覚」が重視される商品(証人、荒木)であるからその形態が取引に当たって重要な役割をえんじていること、〈4〉裏地のないロールものや所謂「落し込み」(乙六六、六頁)には刻印は付されていないし、また刻印が付されているものであっても、商品全体からみるとさほど目立たないもの(乙一二〇、写真一〇~一三)である。

この点に関連して、二つの相反する下級審判決(大阪地裁昭六一、四、二五、ピュアネス事件、東京高裁平五、二、二五、配線カバー事件)があるが、原審判決と結論を同じくするピュアネス事件は右に指摘の〈1〉ないし〈4〉の如き相違のない事案であるから、結局下級審判決についてみる限り原審判決は独自の見解であると評することができる。

(五) 上告人製品の販売及びそれに遅れて次に被上告人製品が販売された順序について原判決は正しくその経過を認めている。そして被上告人の親会社リスロンが上告人の特約店として上告人製品を販売し、その後被上告人が被上告人製品を販売するに至ったものである。

このような事実上の関係にある上告人と被上告人の関係において、不正競争防止法を適用するに当り両者の関係をもっぱら同法の要件事実に沿って検討すべきである。そしてその点に関する上告人の見解については既に述べたところであるが、仮に上告人と被上告人の特約店契約関係を考慮した場合、相互の信頼関係を以って成立する特約店契約第一条2において「甲(注、リスロン)は前項の販売を行う当り乙(注、住友スリーエム)の営業方針を尊重して、製品の売上の伸長及び販路の開発に努めるものとします。」と約定しているところを解し「控訴人(注、被上告人)の控訴人(注、被上告人)製品の製造販売を不正競業行為と評価するには足らないというべきである。」とし両者間の関係を信頼関係を要しない単なる契約関係として認定しているが、このような継続的販売契約は両者間の信頼関係を基礎として解釈するのが当然であり、それを逆の関係に導くことのできる契約関係とすることは明らかに契約法の基本に反する解釈である。

被控訴人の行為は、その歴史的経過をふり返ってみると、実質的に控訴人製品に関する技術の修得期間であり、製品の販売には熱心でなかっだことがうかがわれる。してみると被控訴人の側におけるこのような事情は、本件において不正競争防止法の適用を肯定する附加的要因にこそなっても、その適用の否定をするための根拠とはなり得ないものである。上告人がこの点特に主張し度く思うのは、原判決は、一方では不正競争防止法の要件事案が満たされているに拘わらず、同法の適用を否定するに当り、両製品間の商標の相違を以って不正競争防止法の要件事実の否定と同一結論を導いていることである。もしこの論法を採用するのであれば、特約店契約は、それが信頼関係の現実的な存在の基本的要因となるから、それと歩調を合せた解釈をしなければならないところ、本件においてそれに逆行する解釈をしているのである。

(六) 特許権の消滅による製造方法の自由化の解釈との関係で、原判決は、被上告人製品の製造は特許法上の制約は既になく、この意味でも、被上告人による被上告人製品の製造販売を不正な行為というこをはできないとも認定しているが、ここでも不正競争防止法の保護の対象と特許法に基づく保護の対象、言い換えればそれぞれの要件事実が異なるに拘わらず何故実質的に同一事項として取り扱うことが許されるのであろうか。

先ず第一に、権利が消滅した特許発明についてみると、それは製法の特許である。この特許発明は製法自体に関する独占的権利であるが、当該製法によって製造した製品が一切権利侵害のない製品であるとの保証は何処にもない。かえって物の発明が存在するときは、製法特許を実施して製造した物が物の発明に係る特許権を侵害することは言うまでもないところである。この見地からみても、原判決理論は決して妥当なものではない。

また、第二に、特許法における保護のための要件と不正競争防止法における要件とはそれぞれ別の見地から決定されたものであるから、一方の消滅が他方の消滅になるとする理論的関連は何もない。かえって、それぞれの法律の要件事実を満たすか否かによりそれぞれの適用の有無を決すべきであり、これに反する判断は決して正しい法の適用と言うことができない。

三. 原判決理由によると上告人製品として物件目録に記載のマットと被上告人製品として物件目録に記載の々ットの双方の商品形態が類似しないとする証拠は何もない。むしろ、共に写真によってコイル構造を特定し、その線条の太さ、コイルの形状も同一であり、商品形態として区別することのできない特定の構造からなっている。

このように双方の商品形態が特定されており、その範囲における被上告人製品の差し止めを求めているのが本件訴訟であるから、被上告人製品を軟質合成樹脂コイルマットすべてを含む種類であるとして不正競争防止法の適用を否定したのは、請求のない範囲について不正競争防止法の適用を否定したに過ぎない結果となっているものである。

目録記載の上告人製品についてその商品形態の周知性の認定を妨げるべき証拠は何ら存在しない。してみると被控訴人製品として物件目録記載の製品の商品形態の類似性を否定し得ない本件において、第一審判決を取消し、上告人の請求を棄却した原審判決は不正競争防止法一条一項一号の適用を誤ったものであり、破棄されるべきものである。

四. 複数の第三者製品の存在が原判決の結論に影響していると思われるのでこれらについて検討する。これら製品は本件訴訟が開始した後に出現したもので、就中原審に係属中のものが殆どである。これらの中には実験室におけるテスト商品と思われるものもあり、販売量自体は少量である。しかも注意すべきことは、これら商品はいずれも上告人製品の商品形態が周知性を取得した後のものであり、それらは不正競争防止二条一項四号の善意者とは解されない者の製品であるから同法一条一項一号により違法に販売されているものである。しかるときこれら第三者製品の違法の販売によって被上告人製品の販売が正当化される根拠は何もない。

また、原審判決が考える権利範囲拡大論も、既に一、(四)項で指摘した「ダイヤマットC」(検乙二九、乙一一三、同一四)、「両面玄関マット」(乙一一五)等についてまで商品形態の類似性を認め得るかはむつかしい問題であるから、原審判決理由で危惧している保護の拡大化のおそれは実質的にも存在しないことを併せて主張するものである。

以上

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